中村浩 糞尿博士・世界漫遊記(現代教養文庫・社会思想社)

 

 開高健は還暦前にあの世に行ってしまわれたが、晩年、若い読者から、
「これまでの人生で、先生が最も感銘を受けた人は誰か。一人だけ挙げよ」
と質問された時、次のように答えている。

 ≪そうだな── 日本人で一人というなら、文学畑でない人をえらぶとしよう。 中村浩さんという博士がいた。この人はウンコの研究をしていたんだ。人類は人口爆発、異常気象、その他その他のことから、やがて餓死するような危機にさらされるであろうと先生は考えて、いまから手を打たなければダメだと、ひとり発奮し、地球上にある無限の資源はうんことおしっこしかないという点に目をつけた。そして、これから有効成分を抽出し、それを食料品あるいは栄養に転化する研究をしていた人である。
そこで先生は、まずクロレラの培養につとめた。クロレラは栄養分に富んでいるけれども、まずい。しかし、ごく小さな面積で莫大につくることができる。先生はその研究を完成した。あとは味覚の問題だというところまできたのだったが、不幸にしてあの世にお去りになった。向こう岸にいってしまわれた。
 さて、先生はまことに向学心の旺盛な方で、日本にじっとしていられなくて、世界中のうんこ学者に手紙を出し、世界を漫遊したのだが、その記録が本になっているから、どこか古本屋で見つけて読んでごらんなさい。『糞尿博士── 世界を行く』という題だったと思う。
 先生はひとりで、ロケットが月へいく前にすでに、ロケット飛行士がロケットの中で出すおしっこを水に還元して飲むという、リサイクルの装置を発明なさった。しかもそれは、ポータブル型である。これを以て先生はNASAへ乗り込み、オレはこういうものを開発したんだが、ソチラはどうなんやと訊いた。すると向こうは、遠心分離機かなんかの装置を持ち出してきて、これだ、ちゃんと考えてあるという。そこで先生は、じぁあ較べてみるかといって、お互いのおしっこを出して、その機械にかけてみたんだな。そうすると、向こうのはまことにきれいなH20が出てきた。これは水であるが、H20だから味がない。しかし、先生は日本人であり、味というものを尊重していたから、水であるだけでは不十分だ、味覚も大事でっせ、オレのを飲んでみろやと自分の携帯リサイクル機からとり出した水を相手に飲ました。そのアメリカ人技師は飲んで小首をかしげ、ふむ、オレたちのよりよくできている。better than usといったとか。
 こういう先生である。晩年に近いころ、私は先生を尊敬するあまりよくお目にかかっていたんだけれど、そのときの会話によると、そのころ先生は、うんこを人工的につくるとどうなるかという研究をしてらした。いろんなものを放りこんでうんこをつくるんだが、どう頑張ってみても、天然のあのねっとり、あの絶妙の匂い、あのこくのある香り、これがどうしも出せない。やっぱり天然には負けるといって嘆いていらっしゃった。(略)
 私の尊敬する人物とは中村先生である。日本人でなら、この人である。
≫ (風に訊け ザ・ラスト・集英社文庫・2003年)

 サービス精神が旺盛なくせに万事に犀利な批評眼を放たずにはいられなかった開高としては最高の賛辞であるが、文豪をここまで感嘆させたこの学者、一体どんな人物なのか。ウソかホントか、ためしにまず頭記の一書をお読みあれ。きっと貴君も貴女も(貴女はどうかな)驚かずにはいられまい。
 然りや然り、文豪の言にたがわず、この博士、まさに驚倒すべき学者である。
福沢諭吉は、そのむかし、

≪今の学者たる者は決して尋常学校の教育をもって満足すべからず、その志を高遠にして学術の真面目に達し、不羈独立をもって他人に依頼せず、或ひは同志の朋友なくば一人にてこの日本国を維持するの気力を養ひ、もって世のために尽くさざるべからず。≫
(福沢諭吉 学問のすすめ 十編)

  
と、今なお愚老をすら奮い立たせずにいられないほどの言葉を吐いたが、中村浩とは、その百数十年後に、この言葉を黙々と体現してみせた、稀な日本人の一人と見受けられる。
 これまで愚老も町医者の身でありながら様々な読書経験をかさねてきたが、この『糞尿博士・世界漫遊記』という書物には完全に脱帽した。一見、タイトルも体裁も安手な文庫本のようだが、一読して無条件降参。文句なしに参った。福沢諭吉以来の近代日本人が書いた散文の名著を50冊選べと言われれば、愚老は文句なくこの一冊をその中に含める。不学にして愚老は、書評や文芸評論を商売にしている連中がこの書をとりあげ、如何に論評したかという話はきいたことがない。第一、この文庫の出版社自体が(失礼ながら)メジャーではなく、新本では買えない状態の有様である。これ一つをみても、日本は依然として学問の後進国だな。
 それにしても、この書物、序文からして凄いぜ。まず、のっけから、こうくる。

 ≪‘黄金放談’といっても、ここでいう黄金は、チャリンと金属性の快音を発する黄金ではなく、湯気をたてて怪しい香りを発する黄金のことである。
 俗人どもはきまって「マア、イヤダ」、「キタナラシイ」と他人ごとのようにおっしゃる。しかし、しかしである。カミは天皇陛下よりシモは乞食にいたるまで、人間である以上、毎日のようにこの黄金を生産する。ナポレオンしかり、レーニンしかり、マリリン・モンローしかり、吉永小百合またしかりである。≫

 この文章の背後にある精神は、本シリーズの第二章渡辺一夫の項で引用したラブレーの”糞袋”の一節とまったく同じである。糞尿譚とは、つまるところユマニズムの発露なのだ、ということがよくわかろう。この一文はさらにこんなふうに続く。

 ≪人間である以上、この黄金に関心をもたずばなるまい。ところが、世界広しといえども、この黄金の研究に血道をあげている科学者は数少ない。その研究者は、阿呆か奇人か、狂人あつかいにされる。
 かくいうわたしも、この阿呆の一人である。黄金の研究と取り組んで、いつしか三十数年の月日が流れた。南極探険やロケットの研究には、科学研究費なるものが鳴り物入りで支給されるが、黄金の研究などにはだれも見向きもしてくれない。「クソくらえ」と叫びたくなるのもまた人情であろう。女房や子供にまで見はなされて、「クソをいだいてl二十年」では都々逸にもならない。ところがである。天網カイカイ疎にしてもらさず、時代の変遷は、糞尿科学にスポッットをあてはじめたのである。
「臭いものにはふた」で、ひたかくしに隠していた東京都のマンモス糞だめは、ついにあふれだして、東京湾を黄変せしめるにいたった。人々はいまさらのように鼻をつまんで、「公害、公害と叫びはじめ、 『政府は何をしとるか!』とがなりはじめた。」「それみたことか」といいたいところである。糞尿にはじまるもろもろの公害問題をなんとかかたづけなければ、日本は世界の経済大国などとうそぶいているわけにはいかない。
「ざまあみろ」といいたいところだが、こちらも糞尿生産者の一人である以上、放っておくわけにもいかない。そして、政府のれっきとした糞尿調査委員なる辞令をもらう羽目になった。この機関には、数少ない貴重な糞尿科学者が動員されたが、ほとんどただ働きで、国家的大事業を完遂せよという大使命をせおわされる。日本は不思議な国で、学者などはカスミを食って生きていけるものと思っているらしい。≫

 中村がこの一文をエッセイとして雑誌に発表した日時を、愚老は書誌学的に明らかにできないが、本稿第三章で引用した 開高 健のぼくの”黄金” 社会科の昭和39年よりは後であることは確かである。開高が中村に親炙するようになったのも、当然であろう。
中村はさらにこういう。

 ≪ところがである。ある日のこと、この阿呆学者は、突然、赤い国から招待された。モスクワへ乗りこんでみると、まさに準国賓待遇である。出迎えの車は日の丸をはためかしているというさわぎである。「狐につままれた」というのは、まさにこのとおりであろう。
 時まさに、人間衛星第一号打ち上げの直前であった。「貴殿は、宇宙船内において糞尿をいかに処理すべきと考えるや?」、「貴殿は、糞尿をいかにして飲料水および食糧に還元するや?」かくして、阿呆学者が赤い国においてまず最初におぼえたロシア語は、「ガフノー」(糞)という言葉であった。
 わたしをとりまく赤い科学者たちは、だれ一人としてきたない!」などというものはなかった。かれらは、かわるがわるわたしの肩をたたいて、「ハラショー」、「オーチェン.ハラショー」(すばらしい)といって、わたしの構想に耳を傾けてくれた。(略)
 いまや、糞尿科学は、宇宙開発の重大問題となったのである。小便は、これを濾過して何回も飲料水として用い、糞は、これを培養基として日光を注入し、クロレラのような高たんパくの食糧微生物に変化せしめる。こうして、出しては食い、食っては出す食生活が、せまい宇宙船のなかで成り立つのである。かくして、人間は太陽のエネルギーのある限り、けっして飢えることはないのである。
 三か月にわたって、赤い国の歓待をうけたわたしは、日本に帰ると、目を宇宙ではなく、地上に向けた。宇宙方式は、そのまま地上方式として、糞尿-食糧循環系(学問的にはこれを閉鎖系内におけるエネルギー循環方式という)として実現しうるのである・この方式は、糞尿処理と、食料生産を同時に行なうものである。簡単にいうと、人類は糞をたれている以上、けっして飢える心配はないのである。(略)そしてこの問題は、同時に地球を蜜と乳の流れる楽園に化するみちでもあるのである。
 糞尿をキタナイもの、イヤラシイものと目のかたきにしていては、人類の進歩はのぞみえない。要はそれを愛することである。このおかしき一塊の黄金は、すこぶるユーモラスなものである。わたしはこの物体を愛すること人後におちないと自負している。嬉々としておトイレにかよい、嬉々として観察している。(略)≫

 中村には旧制の東大理学部出というレッキとした経歴があり、九州大学教授、共立女子大学教授を歴任した科学者であるが、少年のころ、肥溜めに落っこちて全身黄金仏となって救い出されたことがあって以来、糞尿の神が乗り移ったようで、在学中に既に「狸のため糞の観察とその記録」という論文を書き、卒後も「獣類の糞尿に関する総合的研究」という一大テーマを掲げて文部省の科学研究費を要求し続けた豪の者であるが、ことごとく相手にされず、一時は世をはかなんで山奥に隠棲していたという。
 ところがスイフトのガリヴァー旅行記の「人糞をこねまわしてパンを作る工夫に大わらわになっている学者」を描いたくだりを読んで、翻然として悟り、

≪ここにおいてわたしは、蹶然として立ち上がった。これこそわたしに与えられた天の使命であると確信したからである。≫

という次第となった。
 スイフトのガリヴァー旅行記のこのくだり( 第三篇、第五章)は、開高が激賞してやまなかった中野好夫訳(新潮文庫)(追記1参照)によれば、次のように書かれている。

≪次の室に入った。だがこれは忽ち驚いて飛び出した。恐るべき悪臭に危うく窒息するところだったからである。だが、案内者は我輩を押しこんで、そしてどうか先方の感情を害するようなことはしないでくれ、どんなに腹をたてるかしれないからと、小声で囁くのだ。だから我輩は鼻をつまむわけにもいかない。この室の企画士は大学でも最古参の学者だそうだが、顔も鬚も蒼黄色を呈しており、手や服は汚物に染まってしまっている。紹介されると、彼は我輩をしっかり抱擁した。(この挨拶だけはしてくれない方がよっぽど有り難かったのだが)。この学士院へ来て以来、ずっと彼の仕事というのは、人類の排泄物をふたたび原食物に還元しようというのである。すなわち各成物を分離し、胆汁に染まった着色を除き、臭気を放散させ、浮渣の分泌物をすくいとってしまうのである。で彼は毎週組合からブリストル大樽ほどもある容器に人糞一杯ずつを供給されることになっている。(略)≫

これ以後の中村博士は、さながら、スイフトが描くこの学士院の古参学者のような研究生活を送ることになる。

《 さて、それからというものは、わたしの研究室は、クソを煮たり、焼いたり、ショウベンを濾したり、漂白したりする異様な光景を呈し、怪しきけむりがもうもうとたちこめ、毒ガスの充満する、錬金術はなやかなりしころの魔法使いの部屋と化したのである。(略)
わたしのワイシャツはクソの飛沫をあびて黄色く染まり、髪の毛にはショウベンのケムリがこもって妖気がただよった。(略)
糞尿臭をただよわせながら、わたしはスイートホームにねぐらを求めて舞いもどる。と、ひとさわぎである。(略)ポツコツ車の爆音とともに帰宅した亭主は,やにわに風呂場へと誘導される。この強制入浴がすんで、はじめて亭主は被告のように食卓につくことがゆるされるのである。》

 都心のしかも女子大でこれをやるのだから痛快至極。かくて実験は着々と進展し、悪臭を発するクソを無臭の白い粉末に、ショウベンを透明な飲料水に変ずることが可能となった。しかし、これだけでは誰も褒めてくれない。これをパンへと変えるにはどうしたらいいのか。
中村は金魚鉢の金魚を眺めているうちに、ハタと気づく。餌もやらないのに金魚はなぜ死なないのか。
金魚はクソをする。このクソが肥料となって藻がはえる。藻は太陽のエネルギーをとらえて有機質をつくりだす。金魚はこの藻をたべて生きている。そしてクソをする。これはつまり元素の循環だ。藻は太陽のエネルギーをとらえて充電する装置だ。
 彼は江東区にある金魚の養殖場を訪ね、オヤジにピース一箱をつかまして金魚を飼う秘訣を訊ねる。すると、

 ≪別に秘訣ってことあねえが、養魚池に下肥をぶちまくのが、コツといえばコツでさあ。(略)すると藻がわく。藻がわきさえすりゃ、金魚は丈夫に育つってことよ。≫

という答えがかえってきた。
 ところが、である。糞尿のなかには大腸菌をはじめ各種の細菌がうようよしている。ありきたりの藻ではこの細菌に負けて藻がみんな死んでしまう。彼はポンコツ車をとばしては田舎の肥溜めを探索し、そこで青々と生えている藻を採取し、ついに糞尿のスープで人工的に栽培できるクロレラの開発に成功する。クロレラは栄養価が頗る高い。つまり、クソがパンになったのである。
 その過程で中村は、彼が『ガマ将軍』と呼ぶ南喜一と知己になる。この南という人物、愚老の年代あたりまでの者には、戦後の財界の怪物として聞きなじんだ名前であるが、今では日本から完全に絶滅してしまった珍奇な種族。ためしにインターネットで検索してごらんあれ。つい半世紀前には日本人にも、こんなシベリヤ虎のような雄物がいたのかと驚くだろう。
 この南が中村の有力なスポンサーとなった。かくて中村と南は、糞尿から作ったクロレラの豆をむさぼり食い、「これはなかなかイケルわい」という仲になった。
 やがて中村は1959年に日本学術会議代表としてインドでの「国際藻類学会」に招待されたのを機に、南の「ついでに世界をまわってこいよ。金はオレが心配してやる。」という支援を受けて『世界漫遊』するのだが、この世界旅行、内実をみればけして漫遊などという呑気なものではない。ことにクロレラの粉一袋と非常用のトウモロコシの粉だけをかか抱えてアリゾナの砂漠で食料の自給自足実験を3カ月にもわたって行い自説を立証するなど命がけのものだったはずであるが、この碩学、よほど何か心に期するものがあるようで、しめっぽい苦労話というやつがとことん嫌いらしい。これはいいね。じつに朗らかでいい。日本にも、こんな巨人がいたかと思うと心がひろびろとする。
 

 本書の最後で、この先生、食料革命という驚天動地の提案をする。
その内容とは、原文のまま以下に引用すると、

1 石器時代的農業を一応ご破算にする。
2 既成の食料の概念を一擲し微生物を食料とする。
3 食物連鎖によりバラエティーに富んだ、収穫のはやい新しい食料を選出する。
4 人体排泄物を科学的に処理して、これを肥料の主体とする。
5 田畑、牧場を全廃し、食料生産はすべてタンク培養においてこれを行う。田畑はこれを太古の森林にもどす。
6 工場の廃液はこれを科学的に処理し、ミネラルを回収し、その種類を選別して、これを微生物培養のための肥料とする。これにより河川、海洋の清浄化を実現する。等々。

というものである。愚老は博士から指摘されてはじめてわかったのだが、いくら近代農業とは呼べ、我々の文明が有している農業の本質は石器時代とそう変わっていないという事実である。人間は厚さわずか数十センチの表土にしがみつき、ここから収穫されるものを食わなくては生きてゆけないのだ。そうであれば、当然、飢餓にはいつも脅かされていなければならず、食を巡る戦争は人類の宿命とならざるをえない。
中村の提案が人類をパラダイスに導くものであるかどうかは、無学な愚老には何とも判断がつかないが、決断が急がれることだけは確かであろう。しかし、しかし──折から飽食の時代である。先進国の人間は飢餓を忘れ、途上国の人たちが現に苦しんでいる飢餓が何時自分たちを襲うかということには、とても空想力が及ばない状態にある。かくて人間、板子一枚の下はいつも地獄なのをお忘れあるな、ということになる。
本稿の冒頭に紹介した開高健の若い読者への返事は、こんなふうに結ばれている。

≪君もうんこの研究をこころざしてみろや。その時、君と会いたい。≫

開高はこう書いて、この文章を結んでいる。

文献
中村浩 糞尿博士・世界漫遊記(現代教養文庫・社会思想社)
 追記
 中野好夫の翻訳がすべて名訳かというと大いに疑問だ。
エドワード・ギボンの大著「ローマ帝国衰亡史」(訳書・ちくま学芸文庫)の第一巻のあとがきで、中野は「翻訳とはいい気なもので、考えることはすべて原著者まかせ、訳者の労はただできるだけ正確に,横のものを縦にさえすればよいのである。」とうそぶいているが、この衰亡史の彼が担当した部分の訳など文体の工夫が粗雑で、精読していると不満がタラタラでてきて、この博学の士の嘯きも、いささか空疎に聞こえるのが残念だ。しかし、スイフトのガリヴァー旅行記は文句なしの名訳で、行文きわめて精妙、まるで漱石を読むような快感がある。